少女ファイト
ストレイドッグスのキャプテン・犬神鏡子と、エース・鎌倉サラの関係性は、とても不思議なものである。サラは病弱な鏡子の支えとなる事が一番の喜びと考えており、鏡子はサラが喜びと感じる事が一番嬉しい。作中でも言われる言葉だが、奇妙な主従関係にあるのだ。鏡子が病気を本気で克服しようとしないのも、サラの居場所を作る為であり、彼女等は共依存を重ね、互いに互いを犠牲にして生きてきた。鏡子が唯一本当に愛する男・千石雲海に対しても、自らの気持ちを封じ込めてまで、犬神家の庭師としての彼とその家族の立場を守る為に、三國財閥の御曹司である智之と結婚しようとする。おちゃらけて恵まれた家庭に生まれたように見せているが、本当に自分を大切にしない人間なのだ。
主人公・大石練を始め、チームメイトや雲海等は皆、鏡子にもサラにも、自分を大切にして欲しいと願っている所も、心苦しい限りである。自己犠牲心を捨て、自分の為に戦い、自分の為の喜びを手に入れるには、自分の心を変えなくてはならないのだ、という事が、切々と描かれる第八巻である。ただ、救いはある。彼女等には、彼女等を大切に想うチームメイトや周囲の人々がたくさんいて、精一杯守ってくれる。周りの、下らない事を噂したり、野次ったりしてくるような人間に対して、強い言葉と精神でもって盾となり、そんな奴等を気にするな、関係ない、と心から言って守ってくれるのだ。
自分を大切に想ってくれる人がいる嬉しさと、その為にも自分を大切にする事。彼女等のバレーは、単純に勝つだけのスポーツではなくて、人として真っ直ぐに生き、喜びを得る為の、いい意味での”道具”なのである。